第4章 調査の成果
第5節 5号墓・ 6 号墓・74号墓
キセル 瓶
キセル 瓶
5号墓
4号墓
74号墓
EL=104.00 EL=105.00 EL=105.00
EL=104.00
EL=105.00
EL=104.00
EL=105.00
EL=104.00
A
B B'
EL=106.00
EL=105.00 A
EL=104.00A'
A' EL=104.00 EL=105.00 EL=106.00
①
①
② ④ ③ ④
② ④
③
0
S=1/501m
0
S=1/501m
X:26131.000 Y:22356.000
X:26133.000
Y:22359.000
X:26133.000 Y:22356.000
第24図 5号墓遺構平面図・断面図
第23図 5号墓遺物出土状況平面図・立面図
7号墓
73号墓 6号墓
72号墓
74号墓
Y:22355.000 Y:22358.000
X:26131.000
X:26130.000 Y:22358.000
X:26130.000
B-B'断面図
A-A'断面図
EL=106.00
EL=105.00
EL=104.00EL=104.00 EL=105.00 EL=106.00 A
A' A'
B
B
B'
B' EL=106.00
EL=105.00
EL=104.00 EL=104.00
EL=105.00 EL=106.00
A
B
B' EL=106.00
EL=105.00
EL=104.00 EL=104.00
EL=105.00 EL=106.00
①
①
第25図 6号墓遺物出土状況平面図・立面図
第26図 6号墓遺構平面図・断面図
ことは難しい。また、墓室に意図的に配置されたような位置関係で検出された石灰岩礫は、一次葬の際 に伴い棺箱を置く台石ではないかと思われるが、木製の板片や鉄釘などあるいは人骨など、その痕跡を 窺うことのできる遺物は出土していない。
(2)遺物(第27~30図、図版35・36・52)
上記の各遺構に伴う出土遺物の種類と数量の内訳は第3表のとおりである。また、蔵骨器の観察表に ついては章末に一括して記載しているため参照いただきたい。
5号墓からは、マンガン釉甕形蔵骨器4点と陶磁器1点と金属製の煙管の雁首と吸口各1点が出土し た。蔵骨器は蓋と身のセット関係を窺うことができ、煙管は位置関係から同一のものと判断される。こ れらについて図を示すとともに以下に記載する。
蔵骨器1(第27図1・2)は、マンガン釉甕形の蔵骨器である。蓋(第27図1)は、宝珠形のつま みに、鍔端部はやや丸みを帯びた形状を呈する。体部は滑らかに調整されるが、わずかに調整痕の凹凸 も残す。外面はマンガン釉が鍔まで施釉され、鍔端部から内面にかけて露胎するが、鍔端部の各所に は釉垂れが観察される。身(第27図2)は、外反する口縁部に、平坦でやや外側に傾斜する口唇部の 形状を持つ。器高は約33㎝と小型蔵骨器の部類に含まれる。屋門は線彫りにより瓦屋形で、その他胴 部・肩部の文様も全て沈線で描かれる。横帯2は突帯、それ以外の横帯は凹線で表現される。マンガン 釉が外面から口唇部、内面の口縁直下まで施釉され、内面頸部に銘書が見られる。屋門まですべて線彫 りであることから、安里編年(1997)による第Ⅶ期以降の資料であると考えられる。なお、蓋の銘書 には「明治廿九年」の記載が認められる。
蔵骨器2(第27図3・4)は、マンガン釉甕形の蔵骨器である。蓋(第27図3)は、宝珠形のつま みに、鍔の端部は丸みを帯びた形に作られ、鍔は一部で反りあがる。外面の成形は比較的なめらかであ るが、マンガン釉の施釉時についたハケの痕が見てとれる。身(第27図4)は、外反する口縁に平坦 な口唇部が形成され、底部には脚が3か所につけられる。屋門はアーチ形の貼り付けで、頂部には玉飾 りが一つ貼り付けられ、窓は半裁竹管孔の形状である。胴部の文様は線彫りによる蓮華文で、横帯2及 び3が突帯、それ以外の横帯が凹線で配される。器高に対して胴部の張り出しが少ない、寸胴形の器形 である。安里編年(1997)に従うと、本資料は第Ⅳ期に位置づけられよう。
蔵骨器3(第27図5・6)は、マンガン釉甕形の蔵骨器である。蓋(第27図5)は、宝珠形のつま みに、鍔端部が平坦に成形されたもので、鍔全体も概ね平坦である。体部全体にはやや凹凸を残して調 整され、外面全体にマンガン釉が施される。また、内面は露胎するが、飛散した釉が多量に付着してい る。身(第27図6)は、口縁が外反し、口唇部が平坦に形作られたものである。屋門はアーチ形の貼 り付けで左右の柱は右に傾いており、頂部には4つの玉飾りが貼り付けられる。胴部の文様は線彫りに よる蓮華文、横帯は横帯2が突帯である以外は凹線で描かれている。このことから安里編年第Ⅴ期の資 料に位置づけられる。蓋の銘書には「明治三十五年」(1902)「大正七年」(1918)の記載があるこ とから年代観を想定できる。
蔵骨器4(第28図1・2)は、マンガン釉甕形蔵骨器である。蓋(第28図1)は、扁平形のつまみ で、鍔端部が平坦に、鍔全体も概ね平坦に成形される。鍔端部から内面にかけては露胎する。身(第 28図2)は、器高約32㎝であることから小型の蔵骨器である。口縁部は外反し、口唇は平坦に成形さ れる。屋門及び文様は全て沈線を用いた線彫りで描かれ、屋門は瓦屋根形を模したもの、胴部は蓮華文 であるが、簡略な表現がなされている。横帯では、横帯2のみが突帯でそれ以外の横帯は凹線であるこ
とから、安里編年(1997)の第Ⅶ期に比定される。蓋の銘書には「明治廿九年」(1896)の年号を読 み取ることができる。また、外面から口唇部を経て内面口縁部まで施釉され、その直下に銘書がかかれ る。
第28図3は沖縄産施釉陶器の瓶である。墓室の奥壁際で、蔵骨器とやや離れた位置ながら床面の直 上で自立した状態で出土したものである。
第28図4および5は金属製のキセルの雁首及び吸口である。墓室右壁直下の地山床面上から検出さ れたものである。全体を青錆で覆われることから、銅製と考えられる羅宇煙管である。出土状況から両 者は一つのもので、内部には羅宇が残存する。吸口の羅宇接続部近くには、やや不明瞭であるが「明観 堂」の文字が彫り込まれているのを窺うことができる。
6号墓から出土した遺物では、完形で出土した蔵骨器について図化する。
蔵骨器1(第29図1・2)は、マンガン釉甕形の蔵骨器である。蓋(第29図1)は、饅頭形のつま みで、鍔は概ね平坦に形作られるが、一部に変形がみられる。外面全体に釉が施されるが、体部は横位 のハケの痕跡を残す。身(第29図2)は、外反する口縁に、平坦な口唇部が形作られる。屋門はアー チ形の貼り付けで、頂部には玉飾りが4つ貼り付けられる。胴部文様は、口縁の左右に蓮華文を描き、
横帯は、横帯2が突帯であるほかは凹線で表現される。外面の釉は口縁直下までと胴下部までの間に施 され、口唇部から内面及び底部際から底面が露胎する。安里編年(1997)においては第Ⅴ期に位置づ けられる。また蓋の銘書には「光緒十五年」の文字があることから、おおよその年代観を推定すること ができよう。
第9表 5号墓出土陶磁器観察表
第10表 5号墓出土煙管観察表
図番号 出土地点 器形 残存
部位 口径 器高 底径 施釉 釉色
・色調 貫入 文様等 備考
第 28
図 3 墓室 瓶 完形 2.3 11.3 4.8
外面は全体を白化粧後コバル トと飴釉で彩色したのち透明 釉を施釉。畳付は露胎。
内面は口縁から頸部上半まで 白化粧及び施釉。
全体:灰白色 文様:にぶい 青色、褐色
あり
頸部から胴部 にかけて帯状 に青色と褐色 を交互に彩色 し、縞模様を 描く。
沖縄産施釉陶 器
図版番号 出土地点 種別 材質
計測値(㎝ / g)
長さ 火皿径 立ち上が 備考
り 羅宇接続
部径 吸口径 重量
第 28 図 5
図版 39-1 墓室 雁首 金属製
4.3 0.9 ~
1.1 1.65
1.1―
12.3 第 28 図 4図版 39-2 墓室 吸口 金属製
8.1 ― ―
1.0 ~
1.05 0.6 15.9 「明観堂」
の銘あり
74号墓から出土した遺物については、陶製のキセルの雁首2点、陶磁器類4点について図化すると ともに以下に記載する。
第30図1は沖縄産無釉陶器の瓶である。肩部に沈線が一条めぐらされるものの、とりたてて文様は施 されていない。器面調整はなされているものの凹凸が全体に残る様子が窺われる。
第30図2は、本土産の小瓶である。呉須により草花文が描かれる。
第30図3・4は小杯である。一つは残存状態がやや悪く、一つは完存である。両者ともに沖縄産で あるとみられる。
第30図5及び6は、陶製キセルの雁首である。両者とも吸口は出土していない。第30図5は火皿の 根元に赤色が帯状に廻らされる。羅宇接続部は外側が六角形、内側が円形を呈する。火皿の外面の一部 に貫入を含む施釉がみられることから、元来は全体に釉が掛けられていたものと考えられる。第30図 6の全体形状は同じであるが、赤色の帯は羅宇接続部近くに1条廻らされる。全体に透明釉が施されて いるが部分的に素地が露出している。
第11表 74号墓出土陶磁器観察表
番号図 出土
地点 器形 残存
部位 口径 器高 底径 施釉 釉色
・色調 貫入 文様等 備考
第 30
図 1 墓室 瓶 完形 5.1 13.3 6.6 無釉
素地の銘褐色および 焼成時の黒斑の黒褐 色
なし なし
第 30
図 2 墓室 小瓶 完形 1.3 5.8 1.7
呉須による絵染付のの ち透明釉を施釉。底面 は露胎。内面は口縁直 下まで施釉。
全体:青みがかった 白色
文様:青色
なし
正面に呉須を 用いて草花文 を配する。
第 30
図 3 墓室 小杯 口縁 から 底部
3.0 2.5 1.7 無釉 全体 : 灰白色 なし なし
全体にニービ の砂粒が強着 する。
第 30
図 4 墓室 小杯 完形 3.9 2.2 1.8
全体を白化粧後、透明 釉を施釉。胴下部・高 台・畳付・高台内部は 露胎。
全体 : 灰白色 あり なし
(3)銘書
5号墓から出土した蔵骨器1から4の蓋及び蔵骨器1と4の身、6号墓出土の蔵骨器1の蓋からそれ ぞれ銘書を読み取ることができた。いずれも蓋の内面に円形に配する書き方である。5号墓の蔵骨器1 及び4では、書き間違えたためか、文字が墨で塗りつぶされている箇所が見受けられた。また、通常の 円形に配された銘書は「縦書き」がよくみられるが、蔵骨器2の銘書は「時計回りの横書き」である。
なお、内容についての詳細は第5章に記載しているため参照いただきたい。
(4)人骨
5号墓・6号墓から出土した蔵骨器のいずれの内部からも人骨の残存を確認できた。しかしながら、
一定の部位同定などはできたものの、残存状態はそれほど良くはないものである。詳細については第6 章を参照いただきたい。
第12表 74号墓出土煙管観察表
図版番号 出土地点 種別 材質
計測値(㎝ / g)
長さ 火皿径 立ち上が 備考 り
羅宇接続
部径 吸口径 重量
第 30 図 5
図版 55-3 墓室 雁首 陶製 2.8 1.5 1.6 1.4
―
3.7 首 部 に 赤 の彩色第 30 図 6
図版 55-2 墓室 雁首 陶製 82.6 1.45
1.55
1.4―
3.2羅 宇 接 続 部 近 く に 赤く彩色